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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7082号 判決 1980年8月29日

原告

安田火災海上保険株式会社

右代表者

三好武夫

右訴訟代理人

菅原隆

被告

深川稔夫

右訴訟代理人

森本明信

被告

鄭興模

右訴訟代理人

床井茂

主文

一  別紙物件目録二記載の建物につき、被告深川稔夫を賃貸人、被告鄭興模を賃借人とする両者間の、契約日昭和五二年九月三〇日、期間三年、賃料一か月金一万円、敷金五〇〇万円差入れ、期間中賃料全額支払済み、賃借権譲渡ないし転貸をなしうるとの特約ある賃貸借契約を解除する。

二  被告鄭興模は、同目録二記載の建物について別紙登記目録記載の停止条件付賃借権登記及び付記登記の各抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告深川稔夫)

原告の請求を棄却する。

(被告鄭興模)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社千葉興業銀行(以下「千葉興業」という。)は被告深川に対し、昭和五〇年九月一六日、住宅ローンとして金一、三〇〇万円を左の約で貸し渡した(以下「本件融資契約」という。)。

(一) 利息 年9.36パーセント

(二) 弁済期 昭和五〇年一〇月から昭和七〇年九月まで二四〇回にわたり毎月一六日限り元利合計金一一万九、九九一円宛分割して支払う。

(三) 過怠約款 右割賦金の支払を一回なりとも遅滞したときは期限の利益を当然に失い右貸金残額の全部を一時に支払う。

(四) 遅延損害金 年一四パーセント

2  被告深川は、昭和五〇年九月三日、原告との間に、本件融資契約による貸金返還等の債務の支払を担保するため、左の(一)ないし(六)記載の約定による住宅ローン保証保険契約を締結した。

(一) 保険金額 一、三〇〇万円

(二) 被保険者 千葉興業

(三) 保険の内容 原告は千葉興業に対し、被告深川が本件融資契約において定められている債務を履行しない場合、約款に従い、千葉興業がこの債務不履行により被る損害を填補する。

(四) 保険事故 被告深川が本件融資契約における債務の履行を怠り、千葉興業が原告の承諾を得て、本件融資契約に定める事由に基づき、同被告に期限の利益を失わせた場合は保険事故とする。

(五) 損害の範囲 原告が填補する損害の額は千葉興業が回収することができなかつた左の金額とする。

(1) 保険事故発生の日における元金

(2) 保険事故発生日までの既経過利息および遅延損害金

(六) 填補の限度額 (五)(1)の損害については保険金額を限度に、同(2)の損害については同(1)の場合とは別に右保険金額の一〇分の一の額の範囲で填補する。

3  被告深川は、昭和五一年二月二〇日、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、原告との間に左の(一)ないし(三)記載の約定による抵当権(以下「本件抵当権」という。)設定契約を締結し、同年四月一五日、右抵当権設定登記をした。

(一) 原告が千葉興業に対し右住宅ローン保証保険契約により保険金を支払つた場合、原告は同被告に対し、右支払保険金額と同額の求償債権を取得し、同被告は原告に対し、同被告所有の本件不動産に右求償債権等を被担保債権とする順位一番の抵当権を設定する。

(二) 同被告は原告が右の求償債権を取得したときは直ちにその弁済をするものとする。

(三) 同被告が右求償債務の履行を遅滞したときは、右求償債務額のうち、右保険金支払当日存した本件融資契約上の残存元金相当額に対し、右保険金支払日の翌日から支払済みに至るまで、年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

4  しかるに、被告深川は、昭和五二年一一月一六日以降、千葉興業から再三督促を受けたにかかわらず本件融資契約における割賦金の支払を遅滞したため、千葉興業は、原告の承諾を得て、昭和五三年三月二〇日ころ到達の書面により、遅滞している割賦金および遅延損害金等の支払を請求し、所定の期限までこれが支払をしない場合は、同被告の本件融資契約による期限の利益を喪失させる旨催告したが、同被告は右督促の期限まで右割賦金の支払をしなかつたので、原告は、昭和五三年五月一六日、右住宅ローン保証保険契約上の保険事故が発生したものと認め、同年七月一一日、千葉興業に対し左の保険金を支払つた。

(1) 事故日までに千葉興業が回収できなかつた本件融資契約に基づく残元金分

金一、二四八万六、六八三円

(2) 昭和五二年一〇月一七日から事故日までの右残元金に対する利息分

金六五万六、一六七円

(3) 右期間内に発生した遅延損害金分

金五、六九七円

5  原告は、同日、被告深川に対し、右支払総額と同額の金一、三一四万八、五四七円の求償債権を取得し、同被告に対し、右債権につき弁済をするよう督促したが、同被告はこれに応じない。

6  そこで、原告は、昭和五二年九月二八日、東京地方裁判所に対し、同裁判所昭和五二年(ケ)第二七八号不動産任意競売申請事件(以下「本件競売申請事件」という。)をもつて、右抵当権実行による競売申立をし、目下、その競争手続が進行中である。

7  ところが、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)については、本抵当権設定登記後である昭和五二年九月三日、被告深川と訴外土井雄一郎(以下「土井」という。)との間で別紙登記目録記載の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が締結され、同五三年一月一八日、土井は右賃借権を被告鄭に譲渡し、同被告は本件建物を占有している。

8  土井は、本件建物につき別紙登記目録記載の停止条件付賃借権仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由し、被告鄭は同目録記載の付記登記を経由している。

9  右賃貸借は、民法三九五条所定の期間内のものであるが、次のような事情で抵当権者である原告に損害をおよぼすものである。すなわち、原告の被告深川に対する昭和五四年六月一六日現在における前記求償債権額は、遅延損害金を加えると、金一、五〇四万五、一五三円になるところ、本件競売申請事件につき昭和五四年六月二七日開かれた第二回競売期日における本件不動産の最低競売価額は、右求償債権額を補償するに足りない金一、二七三万七、〇〇〇円と定められたが競買人がなかつたため低減され、第三回競売期日(昭和五四年一〇月三一日午前一〇時)は競落人のないまま終了し、第四回競売期日(昭和五五年二月一三日午前一〇時)の最低競売価額は金九一六万四、〇〇〇円と定められた。このように本件抵当不動産の価額が被担保債権に満たないのみでなく、本件賃貸借契約においては、被告深川は受領した敷金五〇〇万円につき年一割五分の利息を支払うものとし、賃料は一か月一万円(但し、期間中の賃料全額を前払いしている。)、管理費は同被告払いとなつており、賃貸人にとつて常識では到底考えられないほど不利益なものである。したがつて、本件賃貸借契約は債権者たる原告を詐害するために設定されたことは明らかである。

10  よつて、原告は、民法三九五条但書に基づき、本件建物につきなされた被告ら間の前記賃貸借の解除及び被告鄭に対し抵当権に基づき前記各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否<以下、事実省略>

理由

一請求原因1ないし6について

請求原因1ないし6の事実は、原告と被告深川との間では争いがなく、原告と被告鄭との間では、同3の事実のうち、本件不動産につき原告主張の抵当権設定登記がなされていること及び同6の事実について争いがなく、その余の事実については<証拠>によればこれを認めることができ、他にこの認定に反する証拠はない。

二請求原因7について

請求原因7の事実は原告と被告鄭との間では争いがなく、原告と被告深川との間では同被告と土井との間で本件建物につき本件賃貸借契約が締結されることは争いがなく、その余の点については<証拠>によつてこれを認めることができ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

三請求原因8について

原告と被告鄭との間では争いがなく、原告と被告深川との間では土井が本件建物につき本件仮登記を経由していることは争いがなく、その余の点は<証拠>によりこれを認めることができ、他にこの認定に反する証拠はない。

四請求原因9について

<証拠>によると、原告の被告深川に対する昭和五四年六月一六日現在における求償債権額は遅延損害金を含め金一、五〇四万五、一五三円となること、本件競売申請事件につき昭和五四年六月二七日開かれた第二回競売期日における本件不動産の最低競売価額は、右求償債権額を完済するに足りない金一、二七三万七、〇〇〇円と定められたが競買人がなかつたため低減され、第三回競売期日(昭和五四年一〇月三一日午前一〇時)は競落人がないまま終了したこと、第四回競売期日(昭和五五年二月一三日午前一〇時)の最低競売価額は、更に低減され金九一六万四、〇〇〇円と定められたこと(但し、以上の事実のうち、原告と被告深川との間では全部につき争いがなく、原告と被告鄭との間では第二回競売期日が昭和五四年六月二七日開かれ、本件不動産の最低競売価額が金一、二七三万七、〇〇〇円と定められたことは争いがない。)、本件賃貸借契約においては、被告深川は受領した敷金五〇〇万円につき年一割五分の利息を支払うものとし、賃料は一か月金一万円(但し、期間中の賃料全額は前払いしている。)、管理費は同被告払いとなつていること(但し、以上の事実は原告と被告深川との間では争いがない。)、本件不動産の昭和五三年一一月一日現在における競売評価額は、本件賃貸借契約が存しないとして金一、四一五万二、〇〇〇円(但し、宅地部分は金二六二万円、本件建物部分は金一、一五三万五、〇〇〇円)であることを認めることができ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件不動産が、仮に、右第四回競売期日の最低競売価額によつて競落され、原告がこの競売価額全額の支払を受けたとしても、原告にはなお金五八八万円余の未回収債権を残すこととなる。しかも、<証拠>によると、被告深川は、同被告経営にかかる小島電子工業株式会社の倒産により無資力となつており、被告深川から右未回収債権を回収することは殆ど期待できないことが認められる。

ところで、一般に建物の売買において当該建物に賃借権が設定されて賃借人が現に占有しているときは、その賃料が極めて高額である等特に賃貸人に有利な条件が定められていない限り、然らざる場合に比して売買価額の低下を招来することは経験則上明らかなところであり、このことは競売手続における競落代金についても同様である。しかるに、本件賃貸借契約においては、前記認定事実によると、被告深川は受領した敷金五〇〇万円につき年一割五分の利息を支払うものとし、賃料一か月一万円は前払となつており、しかも、管理費は同被告払いとの特約があつて、賃貸人にとつて義務のみを負う著しく不利益な条件がつけられている。このような事情下においては、競落により右不動産の所有権を取得しようとする者は、競買申出にはより慎重となることは経験則上明らかであり、その結果として、競売価額はより低くなるのもこれまた、経験則上明らかである。このことは、賃貸人の前記不利な特約が登記されてなく競落人として法律上対抗を受けるものでない場合であつてもいえることである。

以上の諸点を勘案すると、本件賃貸借契約は抵当権者である原告に損害を及ぼすものというべきであるから、民法三九五条但書により右契約の解除を命ずるのが相当であり、また、本判決により本件賃貸借契約が解除される結果、原告の被告鄭に対する抵当権に基づく本件仮登記及び付記登記の各抹消登記手続を求める請求は理由があるというべきである。

なお、被告鄭は、原告が本件抵当権の被担保債権を取得したのは、同被告が本件建物の引渡しを受けた後であるから、右抵当権の登記が引渡以前であつても、これをもつて同被告に対抗しえないと主張するが、将来発生すべき債権のため抵当権を設定した場合かかる抵当権は抵当権設定契約と同時に有効に成立し効力を発生し本登記によつてその優先順位を保存すると解するのが相当であるから、右主張は採用することができない。

五結論

よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(山口和男 林豊 田川直之)

登記目録、物件目録<省略>

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